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浪漫紀行 寝台列車の旅「はやぶさ」
「ゆったり過程を楽しむ旅をしてみたい」と思った。窓の外の風景が、
人の姿が、目で追える速さがいい・・・・。
そこで、旅人・塩野米松が選んだのは「寝台列車の旅」だった。
肥後六花を訪ねて熊本へ
東京駅10番ホーム。熊本行き寝台特急「はやぶさ」は一八時三分定刻に出発した。
A寝台デラックスには7号車、隣にサロンカーが付いている。部屋に荷物を置いて、
サロンで持ちこんだ「田酒」四合瓶の封を切る。
この時間はまだ勤め人たちの帰宅時間である。満員列車とすれ違うたびに
少しばかり後ろめたい気分になる。浜松を過ぎたあたりから、夜景が美しくなる。
過ぎていく風景を見ながら、杯を運ぶ。 旅に出たなあという気になる。

旅の多い人生だった。
ここ20年ほどは1年の3分の1から半分ほど旅先で過ごしてきた。
旅の目的は人にあうことだったり、自然の中に身を置くことであったから、
出来るだけ速く目的地に着くことを目指した。
この国では誰もが「できるだけ速く」を目指してきたから,
飛行機網も新幹線も高速自動車道も張り巡らされている。
これらの移動手段を利用しての旅は、ある意味で用事であった。
旅の楽しさが行くことそのものにあることは重々承知しているつもりであった。
一人旅のもつ寂寞さや自己沈静の時間の尊さも大事にしてきたつもりであったが、
振り返ってみれば、やはりいつも先を急ぐたびであった。
55歳になったこのごろ、あらためてゆったり過程を楽しむ旅をしてみたいと思うようになった。
「もうそんなに急がなくてもいいんじゃないか」という自分の声が大きくなったせいもある。
年齢や状況がそれを許してくれるようになったというのもある。
時間をたっぷりかけて、流れている窓の外の風景や
そこから見える人たちの姿を見ながら時を過ごすのだ。風景を目で追える速さがいい。
そのために選んだのが寝台列車だった。時刻表をめくりながら
寝台列車の旅を計画したときに、始発から終点まで
個室でくつろぎながら旅をし、季節を見に行こうと思った。

熊本には藩政時代より伝わった肥後六花という花々がある。
肥後での名花育成は、宝暦6年(1756)、
6代目藩主・細川重賢が薬草園を解説し、武士としてのたしなみとして
花を育てることを推奨したことに始まる。その後、
これらの花は園芸好きの「花連」によって改良が加えられ今に至っている。
肥後六花とは、シャクヤク、菊、椿、朝顔、花菖蒲、サザンカ。
いずれも花の前に肥後が付き、「肥後椿」、「肥後菊」、という呼ばれ方をする。
肥後六花の特徴は花芯の優美さ、色の純粋さ、一重咲きの花形にある。
栽培、鑑賞には厳しい決まりがある。
花によっては、門外不出のものや子供といえ株や種子をゆずってはならないという
厳しい掟を持つ結社があったという。
花の育成方法や鑑賞の仕方にも決まりがある。
それは茶道や華道が規則故に自らを律し、それを楽しむことで
自己研鑚するというのに似ているかもしれない。
肥後菊の鑑賞用の花壇では、花の色や高低さ、大きさによって
陰と陽、天・地・人、仁・義・礼・智・真を花の配列で体現するように細かな規則がある。
肥後朝顔もしかり。花は大輪で各色あるが、
色は純、花筒は純白でなければばらず、鑑賞するのは第三花まで。
鉢も名陶といわれるものを使い、夏の朝に同行者を招いて楽しむという。
随分前になるが肥後六花と花連に興味を持ち、
物語を編もうと熊本がよいをしたことがある。
花菖蒲の結社「満月の会」の会則などを読んでみたりしたが、
厳しい環境がなければ理解できそうもないと悟ってあきらめた。
この季節(一月末)、肥後六花のうちサザンカと椿が見られるはずだ。
「はやぶさ」は小郡あたりで朝があける。
風景の中に照葉樹が多くなり自分たちが西へ向かっていることを知る。
鳥栖で長崎行きの「さくら」を切り離し、熊本駅到着は午後11時40分。
駅でレンタカーをピックアップし、軽く腹ごしらえをした後、熊本城に向かった。
この名城の各所に300年、400年の時を経たクスノキの大木がある。
この木が作る木陰は実に柔らかである。まだクスノキは眠りから覚めていない。
風邪で落ちた小枝を拾って葉を揉んでみたが、あの鼻をつく清涼臭は薄い。
城の一番南、竹の丸に肥後六花園がある。
椿やサザンカの光沢のある葉はクスノキとは対象的に、濃い影をつくる。
まだ残っているか心配してきたサザンカ園に花はあった。

「雪山」の真っ白な花弁、[入り日の浜」の深い朱、
大ぶりだが花芯の美しい「大錦」、白に薄い朱が刷毛ではいたように入った「エガオ」。
木々の下には振ったように朱や白の花びらが敷き詰められている。
照り葉の緑は光の加減で色を変える。雲間に太陽が隠れれば、
葉は光を失い緑は沈むが、花は深みのある虹へと変化する。
私はサザンカの花は光に満ちているときよりも、陰の中にあるときのほうが好きだ。
この花は陰でこそ美しいと思う。
そのためにこの光沢のある葉が重要な役を果たしている。
光の中で葉は鏡の役をするが、日が陰れば暗い闇を演ずる。
その時こそ花が真の色を発揮する。
まだ数輪の花が咲き始めたばかりの椿の園。
一本の根元に大ぶりの花が三輪落ちていた。
枝には「大空」の名が付いていた。
薄い紅色の花弁が大きな黄金色の花芯を包んでいた。
一輪を拾って花弁を一枚取ろうとした。野帳に挟もうと思ったのだ。
しかし、椿はサザンカと違う。花弁も芯もしっかりとくっつき一個の花をつくっていた。
椿は花弁を散らさず一個の花のまま落ちる。落下の言葉はこの花のためにある。
この日は雲が速かった。雲が動き、光をさまざまに演出した。
私は飽きずに花園にたたずんだ。

夕刻に阿蘇に向かった。
気をつけてみれば街路にも、家の垣根にもサザンカの花が咲き、
家の庭には椿の古木がある。
山麓に近づいたころ、日はすでに落ち、
残照の中で阿蘇中岳から噴煙があがるのを見えた。
宿は各部屋の正面に阿蘇が見える「華もみじ」。
温泉につかり、こたつで夕食をとる。
酒で火照った体を冷まそうとベランダにでれば、ちらほろらと暗闇の中に民家の明かりが見える。
旅は時間をかけただけ遠くに行ける。
人は飛行機や新幹線の速さにまだ慣れていない。
ゆったりした移動でこそ遠くへ行きたいという実感がある。
山の闇の中で昼に見た肥後椿、肥後サザンカの花を思った。
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しおの よねまつ
作家。1947年、秋田県角館生まれ。アウトドア作家として活躍。
一方、ふつうの日本人の職業と生活を記録する聞き方にも取り組む。
著書「手業に学べ」 「失われた手仕事の思想」ほか多数。
浪漫紀行 寝台列車の旅「はやぶさ」
文=塩野米松 撮影=南浦護 (株)JTB
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